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長万部写真道場研究所

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長万部写真道場の経緯

今年8月のリサーチで、守田さんに町史におれたちの写真が出ているから見てごらんと言われていました。
すぐその日に、実家から歩いて行ける距離の長万部図書館で確認して、以下の記述を発見した。
灯台下暗しで、びっくり。

 昭和五十一年に開催された町の総合文化祭の会場に、昭和三十年ころからの写真が展示されていた。二◯◯枚くらいはあると思われる写真は、沢博・河東篤ら「長万部写真道場」の人たちの作品である。
 長万部写真道場は、昭和二六年「長万部カメラ・クラブ」という名称で発足した。カメラが普及しはじめたころであるが、蛇腹のスプリングカメラや二眼レフが多かった。このカメラ・クラブはめきめき腕をあげ、昭和三十年代に入ると、沢博をはじめ数名の会員が写真道展の最上位に名をつらねるということが数年続いたりして、新聞紙上でも大きく報道されたことがある。文化祭に展示された写真は、この時期にとったスナップが多く、写真による戦後史の感があった。
『長万部町史』(昭和52年、長万部町)より

アトリエから運び出した資料の中に、添付画像のような、台紙付きの写真が約150枚あります。
町のイベントや建物など説明的なものも多かったので、町内での展示に使ったのではないかと想像していました。

この昭和51年の町総合文化祭で展示したものと考えて良いかもしれません。

さらに本日近隣の図書館で町史年表を確認し、関連する以下の記述も見つけました。
(最近図書館に入ったら、どの町の町史を置いているかチェックしてしまいますよ)。

昭和26年(1951)
10月
長万部にカメラ倶楽部が結成された、会員三◯名、初代会長に片山政五郎が選ばれた。

昭和33年(1958)
一月
一四日、北海道新聞社主催の第五回写真道展の自由第一席に沢博が入選し文部大臣賞をうけたほか、長万部写真クラブ(会長河東篤)会員三名がいずれも上位に入賞した。新聞は本道のカメラクラブとしては珍しい好成績であると伝えた。

『長万部町史年表』(昭和48年、長万部町)より

守田さんから聞いたところによれば、
沢氏のお店に家電を買いに行った時に、壁にかかっている一枚の写真をみて「かっこいいですね」と話しかけたところ、「長万部カメラ・クラブ」という活動をしていたのだという話になったそうです。しばらく活動を休止していたが、一緒にやろうかと沢氏から持ちかけられ「長万部写真道場」と名前を変えて、再結成したのだそうです。

この活動を追う時に、いくつもの名前があって、クラブと道場は違うグループだったのか等考えていたのですが、今回少し整理されました。

中村

追記
当研究所への「長万部町史」や「長万部町史年表」の寄贈、いつでも受け付けています!!!!

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